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中嶋朋子 インタビュー

中嶋朋子インタビュー後編 「畑に種を蒔いたら収穫しないといけないのと同じように、人間の手で植えた森も収穫はしないと駄目だ。」

今回は、高尾のツリーハウスのビルダーである小林崇さんと中嶋朋子さんのトーク・セッションを紹介しよう。ツリーハウス談義はやがて“森”談義へとつながっていった。

──どうですか? ツリーハウスを実際にご覧になって。 中嶋:夢ですよね。下から見上げたら、こんなに高いんだと思ってびっくりしました。

──このツリーハウスは、この木だからこういう構造なったんですよね? 小林:そう、木によるんですよ。たとえばこれは、針葉樹で1本で太い木じゃないとできないです。だから、1回1回新しいっていう。

──このツリーハウスの材は高尾の材を使っているそうですね。 小林:そうなんです。ツリーハウスの材は木の上に載せるんで軽い材がいいんですよ。生きてる木の負担を少なくするから。それに安いし。
でも、日本でやり始めて森のこととかわかってくると、やっぱり国産材を使うようになってきたんです。ここもたまたまワークショップをやるので泊まってた施設のおやじさんが“そう言えば、昔家を建てようと思ってとっておいた高尾産のヒノキの材料があるよ”って言うんで、それで作ったんです。
やっぱり、地元の木がいちばん強いんですよ。虫に喰われないんです。外材だと1週間おいてるだけで虫に喰われる。そういうことを僕もわかる限りは継承して、次の世代を伝えていくこともツリーハウスを通じてやりたいなって思ってるんです。

中嶋:ツリーハウス自体はどうして始めたんですか?

小林:どうしてなんでしょうね。あんまりちゃんとわかんないんですよ。もともと木が大好きで環境活動をやってて、っていうわけでもないし。全部後付けです。ツリーハウスに出会ってから、森のことも木のことも環境のことも知るようになって。
ただ、生きる場所をずっと探してたっていうところはあるんですよね。社会のなかで交わっていることがあんまり得意じゃなかったし、何やってもあんまり面白くないし。そういう常識みたいなことにとらわれない空気がツリーハウスの中にはあって、それはいまでもあると思ってるし。

──人と関わるよりも木と向き合う、というような意識だったんでしょうか? 小林:まあ、中心にあるのは木なんですけど、でも結局ひとりではできないんで作ってる間に人と関わっていって自然と関わっていくことになるんですけど。
だから、僕にとっては舞台みたいなもんですよ。最終的にはバーンとお披露目をするけど、それまでの何もないところから土台を作っていったりデザインをしていったりっていう途中も大事で。出来上がればそれはそれで絵になるけど、どっちかと言うとその過程にいろんな面白さがあるんです。匂いもするし、色もいろいろある。季節が変わっていくことも含めて、それが楽しいですよね。

中嶋:いまのお話を聞いてると、確かに舞台のお芝居と似てるところがあるなあと思います。作っていく段階がすごく楽しいっていうのが。舞台っていうのは、幕が開いてからも公演中成長していいので、すごく贅沢な、とても楽しい場なんですよ。作っている環境のなかにいる自分が楽しいし。どんどん力がついていったり、でも反省したり。

小林:ツリーハウスも最初のイメージ通りにはいかないですからね。絵だけは木を見た瞬間にできるんです。でも、僕は図面も描けなければ絵も描けないので、スタッフに言って描いてもらうんですけど。まあ、なかなかイメージ通りにはいかないですけど。なるようにしかならないっていうか、雨が降ったら作業はできないし、やっぱり大変ですよね。生きてるものを相手にしてるから。
でも、最近はそういう経験がみんな少なくなってますよね。ここのところ気象が少しおかしいでしょ。竜巻きが起きたり、紅葉が遅れたり。でも、それはいいんだって僕は思う。そうじゃなくて、人間の考えたことが考えた通りにどんどんできていく世界のほうが僕にとってはちょっと怖いです。ツリーハウスもどっちかと言うと、そういうものですよね。風が吹いたら壊れちゃうかもしれないし、一生は残らないし。

中嶋:それがいいって言えるのはすごいなあって思います。確かに、そういう怖いところも知らなかったらもったいないなあとは思うんですけど。怖いのも痛いのも知ったからこそ、逆に自然を好きになったわけだし。まあ、富良野に住んでる方に比べたら、まだまだ大した経験はしてないんですけど。

──リアルな自然の実情を知るということで言うと、森を守るのに木を伐ってはいけないとよく言われるんですが、本当は伐った木を使うこともやらないといけないということはご存じですか? 中嶋:知ってます。みんなもやっと最近知るようになってきたんですよね。ある程度は手を入れていかないと森が駄目になっちゃうって。ちょっと前までは、守るってことは伐っちゃいけないっていうふうに思われてましたよね。だから、割り箸を使っちゃいけないって。でも、割り箸も国産材の端材でつくられてたら、使ったほうが森を守ることにつながるっていう。

小林:人工林っていうのは森の中の畑だと考えるとわかりやすいと思うんです。畑に種を蒔いたら収穫しないといけないのと同じように人間の手で植えた森も収穫はしないと駄目だっていう。ただ、畑みたいに短い時間じゃなくて、孫の代くらいまでかかるケアが必要なことを考えると外国から入れちゃったほうがいいんじゃないっていう話になりがちなんですよね。
でも、じつは日本はけっこう豊かで、ツリーハウスがつくれるくらいの木はまだそれなりにありますからね。昔ツリーハウスをやるって言ったときに、“無理なんじゃない。日本にそんなに木がないでしょ”って言われたけど、あるんです。世界の連中がびっくりするような木がまだまだある。そういうところに遊びで入ってくれば見えてくることもあるわけで、そのツールとしてはツリーハウスは面白いんじゃないかなあって思う。そこで遊んでから考えればいいかなって。
森って、遠くて苦しくて辛くて大変っていうイメージじゃなくて、もうちょっとポップにしてあげないと駄目かなあって思うんですよ。

──元々は、生活の糧を得ると同時に遊び場でもあったわけですよね。 小林:でも、止めちゃったわけじゃないですか。結局、僕らは選ばなかったわけですよね、里山の暮らしを。で、今さら戻れないですよ。やっぱり選んだのには理由があるわけで、だから今どうしたらいいかって言ったら、やっぱり今の目で見て考えないといけないですよね。

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中嶋朋子

東京都生まれ。81年フジテレビ「北の国から」に蛍役で出演、鮮烈な印象を残す。以降スペシャル版を重ね、22年の永きにわたり蛍役をつとめ、実力派としての地位を確立。
女優業のほか、トークショー、執筆等にも独自の感性を発揮、新たに注目されている。
現在、東京エフエム「ふんわりの時間」(毎週日曜AM9:00~)でパーソナリティーを務める。2007年4月に舞台「CLEANSKINS」(新国立劇場)に出演。

小林 崇 (こばやしたかし) - ツリーハウスクリエーター

スタイルとデザイン、感性をコンセプトにしたツリーハウスを創作する、日本のツリーハウス第一人者。毎年オレゴンで開催されるツリーハウスの国際イベントに日本から唯一参加している。

2000年には日本ツリーハウス協会(JTN)を立ち上げ、日本の風土・樹木に適したツリーハウス制作のノウハウの向上や普及に力を注いでいる。 >> http://www.treehouse.jp

また、ツリーハウスの情報を発信し、グッズ購入・飲食なども楽しめる、ツリーハウス・コンセプト・サロン「HIDEAWAY」のオーナー。